認識のボーダーとは?

今週土曜、写真家・菱田雄介氏と写真評論家・飯沢耕太郎氏による対談 [ border / recognition ] が開催される。

菱田氏は、これまで世界を巡りながら、歴史の変わり目とも言える出来事に遭遇してきた。そんな中、突然自国で東日本大震災が発生、写真家とテレビディレクターいう2つの肩書きを背負った氏が何を制作したか、そしてそれはどのように伝わったかを、具体的に検証する作業を中心に進めていく。

今回、表題にもなっている認識にまつわるボーダーとは、どのようなものだろうか。大きく分けて二つの相があるように私は感じている。

一つは送り手側の問題である。動画/静止画、マス/パーソナルなど、送り手側の技術や動機にもボーダーを引き、分析することができるだろう。その試みは震災後、両氏の間で多くの考察がなされてきたところだ。

同時に、世代・思想・距離・・・情報を受け取る私たちにも無数のボーダーが存在している。その捉え方の多様さを個体差、と呼ぶのはいささか乱暴な気がする。差異の分布には偏向があるし、メディアがそれを助長している部分が確かにあるからだ。私たちの中に作られた、まだらな境界線を照らし出すことで、メディアそのものの偏りも明らかになってくるはずである。

トークに先立って18:00より、菱田氏による写真と映像の展示が行われる。あの時、この国で起こっていたメディアコミュニケーションの形をリアルに再現してもらう。一年と少し、時間が経過したことで、当時私たちが置かれていた状況や、情報がどのように浸透していったのか、冷静に顧みることができるのではないだろうか。

最後に、今回はいつものようなustream生放送は難しいことをお断りしておく。展示・トークを音声抜きで、中断を挟みながら放送するような形になるかもしれない。現場でより踏み込んだ話をしていくためということでご理解頂きたい。

3.17 鷹野 隆大 × 秦 雅則・展示とトーク vol.2 [写真は?]


電動ぱらぱら2004
シリーズ「電動ぱらぱら2004」より
Courtesy of Yumiko Chiba Associates, Zeit-Foto Salon
© Ryudai Takano


二〇一二次元・未完成/六八〇人目
シリーズ「二〇一二次元」より
© Masanori Hata


2012年3月17日

鷹野 隆大 × 秦 雅則 [写真は?]

生きるうえで大切なことは何なのか。
自分たちの日常は、どこから生まれ、どこに向かうのか。
「壊れそうで壊れないこの社会」(by 鷹野)で、写真にできることは何なのか。
ていうか写真って何?
「写真分離派」を立ち上げ、写真の現状への問いを投げ続ける鷹野隆大と、昨年閉廊した「明るい部屋」の運営メンバーで、写真の概念にアンチテーゼを投じる表現を放ち続ける秦雅則。写真の可能性を絶対的かつ相対的にとらえ、臨界点をさぐり続ける写真家の二人展&トークイベントです。

昨年12月に開催した第1回では、「自分のための自分の写真」をテーマに1日限りで展示した互いの作品から、写真の現在(フィルムとデジタル・加工・ファインアートとしての写真etc)まで、多方位にわたるトークが展開。2回目となる今回は「連続するセクシャリティ」をテーマに、写真を映像として見せる試みを通して、その間で揺れ動く”写真性”をより具体的にしていきます。     

※ 第3回:2012年6月16 日(土)を予定。              
協力:ユミコ チバ アソシエイツ、ツァイト・フォト・サロン

日程:3月17日(土)
展示開始:18:00
トーク開始:19:30
(19:00ごろよりトークの準備が行われますが、展示はご覧頂けます)
入場料:1,000円

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今、写真はどちらを向いているだろうか。鷹野の言う「物質的に確定していない、未確定・不安定な状態」の写真が大量に流通している。この混沌が、分離派発足の大きな要因となったはずであるし、同時に若手作家がリアリティを感じる理由でもあるだろう。

かつて写真が世の中に普及し始めた時、「今日を限りに絵画は死んだ」と言ったのは画家のポール・ドラローシュだが、その後20世紀絵画は大きな振り幅を持って進化を遂げた。現在の写真にも、写真そのものの飽和と映像との接近によって、同じような全方位的な進化が静かに起こっているように見える。

その中でも現実とのつながりの痕跡を残すために写真を用いる鷹野と、フィクションを通して写真を作り続ける秦のアプローチは一見、正反対にも見えるが実際にはどうなのだろう。この時代に生まれるべくして生まれた二つの表現に共通点はあるだろうか。

今回の試みは、イメージの進化を逆から眺めてみることに他ならない。さかしまに映し出される写真のリアリティとはどんなものなのか、それぞれの見地から照らし出していきたいと思う。また、当日ご来場頂いた皆さんからの質問にも積極的に答えていき、写真について共に考える場としていきたいと考えている。

blanClass
三木義一 (みきよしかず)

記憶を選ぶ

一年前の今日は金曜日だった。
明るい部屋では最後の展示が行われていた。
夜勤明けで、ビートルズの曲を再生しているところだった
あてどもなく続くリフレインと長い揺れが、奇妙にシンクロしていた。


今朝、一年振りに同じ曲を聞いてみた。
再生されたのは、想像していたよりもずっと乾いた感傷だった。


思いがけず一時的に停車した電車の中で、同じ時刻を迎える。
あの時と同じように何も考えない時間。
天井の蛍光灯。
踏切の音。


今日は日曜日だ。



骨を拾う

 もう十年は経つだろうか。母方の祖父が亡くなった時、二通の遺書と一箱の段ボールが遺された。遺書はそれぞれ彼の妻と子供に分配され、段ボールは私に遺された。正確を期せば、捨てられる直前だったそれに何となく親近感を感じ、自ら引き取ったのだ。

 (祖父の意思により)箱に入れられたものの9割5分は、黄ばんでしまった新聞の切り抜きである。残りは手書きのメモ、カラーグラビア、包装紙、神社のお札、歯のレントゲン写真など、とにかく雑多な紙たちだ。それら大量の紙片の上には「燃やすこと」と書かれた紙切れが乗っかっていた。正直、もらうんじゃなかったと思った。このカオスをどのように処理すればいいのか、本人ですら残しておきたくないと思っていたものに何の価値があるのか。部屋の隅で蠢く紙の寄せ集めが、ただでさえ小さな部屋をより暗く、狭くしているように感じた。

 数ヶ月間放置して、ようやくどうにかしなければと思い立った。埃にまみれながら(私の興味により)紙片を抜き出し、残りはばっさり捨てた。出来上がったのは、どこまでが祖父でどこからが自分なのかよく分からない、一冊のファイルだった。誰のものでもないそれは、徹底して役には立たなかったが、一つの方向を指差しているように思えた。

 身体や意思、思想など、中心だと思われていたものが消滅して、よく分からないものだけが遺される。残された者がそれを拾い集め、組み直す。いわば拾遺物語を編むことが、かろうじて現世に引っかかっている自分にできることではないだろうか。だから今日も風景を拾う。言葉を拾う。

石を見ること

 渡邊聖子の展示には、写真・テキスト・ガラス・・・様々な要素が反映されている。そうでありながら、必然に満ちたシンプルな空間に見えてしまうから不思議でもある。2010年2月に企画ギャラリー・明るい部屋で発表された「否定」では、石を撮った写真とテキストが並列して床に並べられていた。それらの上には、ぴったりの大きさのガラスが被せられて、開け放たれた窓から入る鋭角な光に照らされていた。
 7枚の石の写真、否定に否定を重ねていく言葉。一見不可解な彼女の作品から私が感じたのは、昔、分厚い写真集で見た月の石のように、それが頭の中で一瞬輝き、次の瞬間には元の茶色い塊に戻ってしまう、あの感覚だ。

 石の写真を見る。学者や好事家でもない限りそれを、いわゆる石だと認識するだろう。そこには人類の歴史上・個人の経験上、既に合意が存在している。無意識の合意の間に彼女は透明な鉱物をそっと挿入する。それは視覚の上での半透膜であり、意味の上での同語反復であるかもしれない。像は分解され多重化される中で言葉のように何事かを呟き始める。

 写っているそれは、それではないこと。
 写っているそれが、それらしく見えること。

 被写体やマテリアルのように、見えてはいるが見えていないものを通して、彼女は写真への静かな問いを繰り返しているように思える。


blanClass-Live Art
渡邊 聖子 [石の娘/娘の石]
日程:2012年2月18日(土)
開場:18:00
開演:19:30
入場料:1,000円/学生800円
会場:blanClass

熊野#6+

 火は点いた。しかし手放しに喜んでもいられない。這い上がってきたあの階段を今度は降りなくては。雨が降り続いていて、足場は極端に良くない。行列の動くスピードはゆっくりになり、立ち止まるようになり、ついには動かなくなってしまった。動けずにいると、寒さで気力も萎えてくる。どこかから「わっしょい」という掛け声が起こってきて天地に広がり、もう一度人々の足を動かしていった。

 眼下の新宮の町に向かって点々と灯が続いている。なかば吸い込まれるように歩いていると、いつの間にか神社の入口に到着していた。参道では老若の女たちが戻ってくる男たちを待っていた。こちらは誰に待たれているわけでもないが、少しこそばゆいような感じをお裾分けしてもらいつつ、その花道を通り抜ける。どこかの家から味噌汁の匂い。お腹が空いていたのに初めて気が付いた。(おわり)

みきよしかず

※直近に投稿された波多野康介の写真「熊野#6」と連動しています↓

熊野#5+

 寒さと疲労でうつらうつらしていた頃、急に目下の社で火が熾った。熱と光、そして大音声が一瞬で通過していく。山上の上り子がズッと火に引き込まれる。大きな松明に移された御神火は、密集する男たちの間を縫って一度、中腹の社まで降りていく。暗闇が戻った山頂では、いっそう盛んに松明を打ち付ける音が響く。

 しばらくして御神火が戻って来た。山門付近の騒動はいっそう激しくなる。いよいよそれぞれの松明に点火するようで、いくつかに分けられた火に向かって、腕が放射状に差し込まれている。が、降りしきる雨のせいで、華(はな:鉋屑のようなもの)が濡れそぼってしまい、なかなか火が点かない。小さな火ができても、すぐ雨に叩き消されてしまうのだ。なかなか燃え広がらないことにしびれを切らして周囲の上り子が囃し立てる。このまま火を消すわけにはいかないと、山腹の社からは何度も火が駆け上がって来て、必死に火を保つ努力が続けられている。そんな中、ほら貝を吹くような音が聞こえてきて、山門が開いたことを知らせた。もう先頭集団は駆け下りているのだろうか。自分の松明は未だ新品の状態である。

 半時間ほどしてようやくこちらに廻ってきた火に向かって、人の隙間から松明を差し込んだ。なかば自分が燻されているようで、時折夜景の方に目を背けてはやり過ごす。檜のはぜる感じが手に伝わってくるまで、結局さらに20分ぐらいかかった。(続く)

みきよしかず

※直近に投稿された波多野康介の写真「熊野#5」と連動しています↓