ある人の少年期の写真アルバムを見て。
はじめ、彼の友人らしき人や思い出の場所や時代などにはさほど興味はもたず、ただその中で知っている彼だけを追ってアルバムをめくる。
そのうち彼はいくつかの過去の出来事を僕がページをめくる度に話してくれた。
写真を見ながら聞くそれらの話はおもしろく、それは写真を見る方法の一つだと思いながら聞いていた。
ただそのこととは別に、僕は目の前にいる彼と写真の中に写っている少年時代の彼らしき男の子を同時に見ることができないことに気づく。
写真の中の少年は彼だけど、彼本人ではない。
そうなると、俄然写真の中の少年は一体誰なのかよくわからなくなる。そして写真がただ強く存在する。
他人のアルバムや結婚式の写真など見せられる側は退屈で仕方ないと思いながらもつい見てしまうのは、そういうことを見たいから。
はたのこうすけ