熊野#5+

 寒さと疲労でうつらうつらしていた頃、急に目下の社で火が熾った。熱と光、そして大音声が一瞬で通過していく。山上の上り子がズッと火に引き込まれる。大きな松明に移された御神火は、密集する男たちの間を縫って一度、中腹の社まで降りていく。暗闇が戻った山頂では、いっそう盛んに松明を打ち付ける音が響く。

 しばらくして御神火が戻って来た。山門付近の騒動はいっそう激しくなる。いよいよそれぞれの松明に点火するようで、いくつかに分けられた火に向かって、腕が放射状に差し込まれている。が、降りしきる雨のせいで、華(はな:鉋屑のようなもの)が濡れそぼってしまい、なかなか火が点かない。小さな火ができても、すぐ雨に叩き消されてしまうのだ。なかなか燃え広がらないことにしびれを切らして周囲の上り子が囃し立てる。このまま火を消すわけにはいかないと、山腹の社からは何度も火が駆け上がって来て、必死に火を保つ努力が続けられている。そんな中、ほら貝を吹くような音が聞こえてきて、山門が開いたことを知らせた。もう先頭集団は駆け下りているのだろうか。自分の松明は未だ新品の状態である。

 半時間ほどしてようやくこちらに廻ってきた火に向かって、人の隙間から松明を差し込んだ。なかば自分が燻されているようで、時折夜景の方に目を背けてはやり過ごす。檜のはぜる感じが手に伝わってくるまで、結局さらに20分ぐらいかかった。(続く)

みきよしかず

※直近に投稿された波多野康介の写真「熊野#5」と連動しています↓