3.17 鷹野 隆大 × 秦 雅則・展示とトーク vol.2 [写真は?]


電動ぱらぱら2004
シリーズ「電動ぱらぱら2004」より
Courtesy of Yumiko Chiba Associates, Zeit-Foto Salon
© Ryudai Takano


二〇一二次元・未完成/六八〇人目
シリーズ「二〇一二次元」より
© Masanori Hata


2012年3月17日

鷹野 隆大 × 秦 雅則 [写真は?]

生きるうえで大切なことは何なのか。
自分たちの日常は、どこから生まれ、どこに向かうのか。
「壊れそうで壊れないこの社会」(by 鷹野)で、写真にできることは何なのか。
ていうか写真って何?
「写真分離派」を立ち上げ、写真の現状への問いを投げ続ける鷹野隆大と、昨年閉廊した「明るい部屋」の運営メンバーで、写真の概念にアンチテーゼを投じる表現を放ち続ける秦雅則。写真の可能性を絶対的かつ相対的にとらえ、臨界点をさぐり続ける写真家の二人展&トークイベントです。

昨年12月に開催した第1回では、「自分のための自分の写真」をテーマに1日限りで展示した互いの作品から、写真の現在(フィルムとデジタル・加工・ファインアートとしての写真etc)まで、多方位にわたるトークが展開。2回目となる今回は「連続するセクシャリティ」をテーマに、写真を映像として見せる試みを通して、その間で揺れ動く”写真性”をより具体的にしていきます。     

※ 第3回:2012年6月16 日(土)を予定。              
協力:ユミコ チバ アソシエイツ、ツァイト・フォト・サロン

日程:3月17日(土)
展示開始:18:00
トーク開始:19:30
(19:00ごろよりトークの準備が行われますが、展示はご覧頂けます)
入場料:1,000円

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今、写真はどちらを向いているだろうか。鷹野の言う「物質的に確定していない、未確定・不安定な状態」の写真が大量に流通している。この混沌が、分離派発足の大きな要因となったはずであるし、同時に若手作家がリアリティを感じる理由でもあるだろう。

かつて写真が世の中に普及し始めた時、「今日を限りに絵画は死んだ」と言ったのは画家のポール・ドラローシュだが、その後20世紀絵画は大きな振り幅を持って進化を遂げた。現在の写真にも、写真そのものの飽和と映像との接近によって、同じような全方位的な進化が静かに起こっているように見える。

その中でも現実とのつながりの痕跡を残すために写真を用いる鷹野と、フィクションを通して写真を作り続ける秦のアプローチは一見、正反対にも見えるが実際にはどうなのだろう。この時代に生まれるべくして生まれた二つの表現に共通点はあるだろうか。

今回の試みは、イメージの進化を逆から眺めてみることに他ならない。さかしまに映し出される写真のリアリティとはどんなものなのか、それぞれの見地から照らし出していきたいと思う。また、当日ご来場頂いた皆さんからの質問にも積極的に答えていき、写真について共に考える場としていきたいと考えている。

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三木義一 (みきよしかず)