10月21日(土)泉イネ[メンセナンツ]までの往復メール 5

10月20日  泉イネから安部祥子へ
 

安部祥子 様


こんばんは。


「アーティストと対等でいられる場所をつくれているかどうか。」
「続けるということは、それまでのことが当たり前になってしまうということでもあるから。」
ドキっとする言葉がたくさんありました。


安部さんもBゼミからblanClassへの移行期がほんとうに大変…
というか苦しかったようですね。
私も「もうごめんだ」の時期が長くあります。



安部さんの制作は絵、なるほど、あのチラシは安部さんの絵だったんだ!
線の描き方や間の取り方も、安部さんの雰囲気と一致してきます。
制作もして、より実験的なスペース運営に関わるのは
作家側の気持ちもわかるし、運営する側の立場も見えていると思うので
どちら側に偏る見方をするのは難しそうですよね。


blanClassは小林さんや、先代から引き継いでいる実験的なスペースとして
日本のアートシーンの中でも独自のスタンスで続いている稀な場所だと思うので
「当たり前」を問い直すとともにある姿勢、
気持ちが引き締まるような嬉しさがありました。


ここでアートに関わる。制作をつづけること。


なんでこんなに大変なのかなと。


やめればいいし、離れればよいのだけれど。
安部さんの言われるようにそれでも続けてしまう、関わってしまうのは
私は作家のどうしようもない人間味、心動かされる不完全さ、まっすぐなところ、気持ちの強さ、細やかさ、神経質さも。そういうところに自分が救われるからかもしれません。
自分も不完全極まりなくて。
それを社会の「当たり前」と比べてしまうと、ますます小さくなってしまうのだけれど、作家たちがいることで、いやいや、まったく問題なし、視野が広がる。


美大生や学校出たての頃は、制作して作家であることは「当たり前」で疑いもしなかったのですが、作家も周りにすくない環境・社会の中で子育てを始めたり、保育園、小学校…と子供が成長していく過程でいろんな申請をしたり、親として一社会人として見られるようになると「作家って何するの、そんなことして何になるの、お金持ちで余裕があるから趣味みたいなもの?」と人から見られる感じが幾度もあって、制作も「結果」がでないと私も焦りました。制作してるのに人目にふれない、ほんとはそれでも続けていけば良いのだけれど、本屋に行けば同い年ぐらいの作家や年下もどんどん雑誌に載っているのを見かけて、子供を抱っこ紐で抱えながら立ち読みしては焦っていました。断片的な情報だとしても。



ゆっくりね、休みたいですよね。おだやかに、安寧に。



休み時間を始めたのは2014年。


2010年の子育てと制作の焦りと家族の解消と
その後の不安定なところに追い討ちをかける「イヤなこと」がいくつか重なって
ある晩すごい脈拍があがってきて、翌日から手足が震えるようになったんです。
それでもストレス?ぐらいにほぉっておいたのが、歩くのも立っているのも辛くなって。
病院代もったいなくて(笑)ギリギリまで行かなかったのが良くなかった。
2013年に免疫疾患のバセドウ症と診断されて、その時はほんとに落ち込みました。
バセドウ眼症というまぶたが腫れる症状もでてしまって
しばらく治らないから、とにかく休むよう
ストレスを減らすように医師から言われました。


ストレス減らすってどうやって?一番難しい処方に思えました。
自分の選んできたことが全部嫌になってしまって
アートに関わらなければよかった
制作なんてしなければよかった
美大にもいかない、絵が好きにならなければよかった、と。
まさに「もうごめんだ」でした。


一方で、その頃は働くこともままならないし、アート以外の環境で自分はあんまり機能しない。
事情を知っている旧知の人たちのつながりで、作家たちと会って話す。
それが唯一の楽しめる時間で、病院に通いながらも
作家と話すことで気持ちが落ち着く、自分が保たれることに気づきました。


それからいろんな作家や他ジャンルの方々に会って話す機会もふえて、
みんな同じような葛藤や意思をもってることも共有できて、
それまで当たり前と思っていた環境の枠組みがどうでもよくなっていきました。
いまある枠の中でどうやって生き延びるか、ではなく。
病の数値もすこしずつ安定してきたのもあって精神もバランスがとれてくる。



2014年のときの「休み時間」はhigureというスペースで
作家などなど3-40人夜な夜な来てくれて、ご飯を作ったり話したりしました。
その出来事は本当に感謝していて
いつか自分にできることで間接的にでも還していきたいと思っています。


そのときの休み時間は、非公開で展示もせず作家に作家を休みにきてもらう。
それは「休み」とは何なのかではなく
アート環境、システムに対する「休み」だったかもしれません。
ここでは展示・発表をすることで働くと見なされたとしても
定期的な給料があるわけでもないし、
ギャラリー・美術館が作家を守ってくれるわけでもない。
ギャラリー、美術館の維持も大変だから中の人たちも大変。
ここではそれでも我慢してつづける、好きなことを発表できるだけラッキーなんだから、
捨て身か、うまく自分で立ち回りながらなんとかしなさいよ、で成り立っているところへ
ほんの微々たる抵抗だけれど。


higureの休み時間では、いろんな作家の「休み」の捉え方があったのですが、
ある作家は「作家は結局なにをしても休めない」と言っていたのを覚えています。
そう、休めない。作家の生そのものが仕事だから。
作家でなくても、生きている人すべてがそうかもしれませんが
アート、そんなことして何になるの?を敢えてする作家は
その人の人生単位での仕事です。


アートなんて高尚なもの、と思われることもあるかもしれませんが
そうではなくて。アートはアートのジャンルの中だけにない。
日々や一人一人の心の底辺でつながってる。
高尚とされるところから卑猥とされるところまで、ぐるっと巡ることごと。
休み時間から始まって佐渡島や他の地でいろんな方々に出会ってきて
ますますそう感じます。


そんなざっくりとした捉え方の中で、休むとは。


なんでしょうね、、、


忙しくなってきて意識しなくなっていたのですが
さいきんは休みながら生きてる。そんなかんじで居ます。
すべてが早くて、多くて、見なくても聞かなくてもいいことはたくさんあって
休日とされる日には身体を休めるしかできなくなってきていて。
大切なことに手や頭が回らない。
大きな流れが知らないうちに変えらそうになってしまうのも
忙しすぎて気づけなくなってしまいがち。
それでも
休む感覚、余白を心に持ちながら
人の意見をすこしずつ取り入れて、自分のしたいことやできることを探す。


休むというより、心が休まることが大事なのかな。


そんな状態の方がいいアイデアも浮かぶし、次へ進める。


当たり前なところに戻ってしまいましたが
そんな気分でメンセナンツで出会う方の制作を聴きたいです。



安部さんとは「いつか笑って話せるといいな」をどこかでしましょう。




 泉イネ  2017.10.20


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メンテナンスそれとも面接のような…|泉イネ[メンセナンツ]

http://blanclass.com/japanese/schedule/20171021/
https://www.facebook.com/events/152355788684285/
日時:2017年10月21日(土)13:30〜(完全予約制)
入場料:2者面談:1,500円/3者面談:1,000円(お一人)

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現在予約可能な枠:B)14:30〜/C)15:30〜/D)16:30〜/E)17:30〜
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