accept or reject

 昨夜久しぶりに矢内原美邦・演出・振付によるダンスパフォーマンス「あーなったら、こーならない」を観てきた。2001年「コーヒー」以来、少なからずニブロールの作品を観てきたが、彼女が描く人間のぶつかり合いを観ていると「accept or reject」という言葉が頭を占領する。同時に20年以上も前に友人が話してくれたある島の話を思い出してしまう。地中海に浮かぶ小さな島は島自体が息づいて、訪れる人を、受け入れる(accept)かもしれないし、退ける(reject)かもしれない。普段は忘れているその話を、だから昨夜また久しぶりに思い出した。 先ほどそのときに話を聞きながらメモをしたノートを見つけた。英語と日本語がちゃんぽんになっていて判読不明な部分も多いが、まとめるとこんな話だ。


 俺は22歳のときに、いまは死んでしまった親友とヨーロッパへ旅に出たんだ。 
 パリから夜行に乗ってバルセロナへ向かっていた。列車はものすごく混雑していて座れる座席はなかった。そのうえ連れにはいいかげんうんざりしていて、できるだけ離れていたかった。列車のなかで一番落ちつける場所は車両の連結部分だけだった。俺は足を投げだして半ば横になって座っていた。
 となりに座ったのはイビサ島Ibiza)へ戻る途中だというスウェーデン人。俺たちはすぐに意気投合した。彼は俺に「どこへ行くんだ?」って聞くから、「そうだな、フォルメンテーラ島(Formentera)にでも行くかな」って答えたんだ。彼は眉をひそめて聞き返した「どこだって? いったいなにしに行くんだ?」だから俺は「別になんにもしないさ、寝っ転がって、1週間か1ヶ月か1年か、とにかくボーッとするんだ」って答えた。「おいおい、おだやかじゃないぜ、あの島は昔から悪魔の島って言われてるんだぜ。奴は島なんていう生やさしいもんじゃない。マキレンって生きものなのさ。いいかい、お前がその島に足を踏み入れたら、島は、受け入れる(accept)かもしれない。そうでなきゃ島はお前を拒絶(reject)するんだ。」俺は鼻で笑ったよ。
 次の朝、列車はバルセロナに着いた。俺は地図を眺めているときから、スペイン領のくせに、ほとんどアフリカな、その小さな島をどうしても訪れてみたかった。フォルメンテーラ島に行くには、マヨルカ島(Mallorca)経由でボートを乗り継がなければならない。俺は連れを探し出すと「もうお前にはうんざりだ。いいか、俺はこれからボートに乗る。おまえはここに残るんだ。それじゃぁ地獄で会おうぜ」って言ってやった。奴はキョトンとしてた。でも素直にバルセロナに居残ったんだ。
 マヨルカ島から今度はイビサ島行きのボートに乗った。イビサ島までは列車で隣り合わせた男と一緒だった。マヨルカ島は典型的な観光地だが、イビサ島といえば1970年当時、アムスに並んで「ドラッグ天国」。ヨーロッパ中からヘビーなドラッグを求めてジャンキーが群がっていた。俺もすっかり薬切れだったから、男に頼んで残りの旅に足りる分だけのコカインを手に入れると、すぐにフォルメンテーラ島行きのボートに乗った。突堤には100人乗りの白いグラスファイバーのフェリーが2隻とおんぼろのダークグリーンの木造船が1隻停泊していた。俺は50人ほどの乗客と一緒にその古い方のボートに乗った。
 ところが、舟に乗ったあたりからおかしな感じになってきた。ボートの舳先近くに立っていた男の顔がデビルみたいなんだ。あの男は人間じゃなかった。俺にはわかったんだ。そのときになって列車のなかで聞いた話を思い出した。なんだか変な感じがしたから、俺は下着ぐらいしか入っていないナップサックをボートに置いて、とりあえずフォルメンテーラ島に降りた。ボートが停泊している間にペンションを探そうと思ったんだ。
 島を歩いていると背筋がゾッとしてきた。その島は異様な雰囲気の島だった。草木もなく、やはりスペインというよりアフリカの島みたいだった。しばらくすると、もう完全におかしな感じに襲われた。俺は怖くなり、走って船着き場に戻った。だがなぜかボートは跡形もなくなっていた。俺はマキレンに拒絶されたんだ。もう島には深入り無用だった。
 ボートは朝まで来なかった。俺は船着き場のそばでガタガタ震えながら最悪の夜を過ごした。朝になってやってきたのは白いグラスファイバーのフェリーだった。
 イビサ島に着いてナップサックを探すために港にいる人々に聞いてまわった。でもナップサックはおろか、その港には白いフェリーが2隻しかないって、みんなが口々に言うんだ。


 そういえばその話を聞いたのは1992年の今ごろの季節だった。2人ともずいぶん酔っていた。夜もすっかり更けたころ、彼が唐突に話し出した話。私は朦朧としながらも、必死に眉間に力を入れて聞き入った。そしてなぜかノートを取ったのだった。


小林晴夫