動くドローイング

動くドローイング


東京国立近代美術館で行われている<ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……>を見に行きました。1970年代のものから近作まで全部で120点の作品があり、アニメーションが多いので、これも全部見るとなると3時間、僕が行ったときは会場が混んでいたので4時間くらいかかりました。各映像作品の前にはベンチがあるのですが、座ると投影されてる映像に対して近すぎて映画館の最前列のように見にくかったです。
書く必要もないのかもしれないけど、ケントリッジはドローイングを描いては、ビデオカメラで撮影し、一部分を消してまた撮影するという手法でアニメーションを作っています。だからアニメーションの中で濃く描いてあるものが移動すると消し跡が残像のように残ります(意図的に残しているような気もした)。さらにアニメーションを作ったときのドローイングも同時に展示してあり、そのドローイングにはほとんどの残像が残っています。僕は普段写真をとっているから残像をみると単に、被写体が早く動いているとかスローシャッターとか思ってしまうのですが、ケントリッジのアニメーションのなかで早回しのように時計の針がぐるぐる回ってそのたびに針の残像が濃くなっていくところがあって、パッと映画とかにもよくある何時間も経っている事を表現してやつだと解釈するんですが、当たり前だけど実際の製作には早回しになった時計と同じかそれ以上の時間が掛かっていることに気づいて、さらにその気の遠くなるような作業をしたドローイングを見ると驚愕というか感嘆しました。アニメーション自体がすごく時間のかかる作業だけれど、ケントリッジのアニメーションは時間と作業の凝縮が特殊でやっぱりほかにはない表現らしい。


写真だったら、多重露光かバルブ撮影で一枚に作業と時間が凝縮したものを作れるかもしれない。多重露光で有名な石元泰博も作業と時間の凝縮って感じはあまりしない、バルブ撮影で滝の流れなんかを写すために何分も露光してる写真はよく見ます。
写真の場合とくに広告なんかだとカメラの前で作業と時間を重ねるより撮影のあと、デジタル処理で写真を組み合わせたりするけど、それは作業と時間の凝縮は見せないようにしてるようにも思えます。一瞬を切り取れるのも写真の力だけどある一定の時間を切り取る写真もあるかもしれない。


とにかく<ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……>は必見です。youtubeでもwilliam kentridgeで検索すればアニメーションは結構見れます。
東京国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/Honkan/honkan.html


上田朋衛