詩をきく

昨日、大崎清夏さんの詩を聞きに行った。*1
blanClassでは声は聞かなかったので、初めて聞く。


「指差すことができない」*2を書店で立ち読みして(買わなくてごめんなさい!)読んだ時に、沖縄の辺戸岬で、女の子がスカートをひらひらさせながら、ぎゅっと手をむすんで、晴れやかな顔でたっているような、そんな光景が浮かんで、不思議な気持ちになった。
なんで辺戸岬なんだろう。島の女だからかな?
私が、辺戸岬に立った時に感じた何かが思い起こされる詩だったのかな、と思っていた。


でも、今回、大崎さんの声で聞いていたら、そこは、辺戸岬ではないどこかの島の突端で、女の子はもう少し年をとり、やっぱりスカートはひらひらさせていて、手はぎゅっとはしてなくて、もっとゆったりして、微笑んでいるかのようだった。


頂いた『地面』の中から、いくつか自分も声を出して読んでみる。
大崎さんの声で聞く詩は自分の(為の、ことを書いた)詩のような気がした、でも私が読むと私が書いた訳ではないので、私の詩ではないと思った。
おかしな感じだけど、そりゃそうか、となんだか納得。


学生の頃、ルームシェアしていた友達が、今なき詩集専門店「ぽえむぱろうる」でアルバイトをしていて、よく朗読会へ一緒に行った。
本当に、朗読は、特に詩は、本人が朗読するのを聞くのが一番いい、そうだったそうだった。と今回思い出した。
(じゃあ朗読に向かない詩ってあるのかな?)
(あの頃、自分で作ったホッチキス止めの詩集を売っていた学生はどうしているだろうか?まだ詩を読んでいるだろうか?)


ドラマチックな抑揚がある訳ではなかったけれど、まさにアウトドア派(!!?)と言われたことがあるそうだけど、とことこ都会の町中を、ちょっと田舎道を、山道を、トコトコ歩いているような、そんな朴訥な感じが、シリアスなのにちょっととぼけているかのような詩(ホメテマス!)にとても合っていて、これからどんな風に変わるのか、とても想像ができない。
マイクなしでぶっとうし一時間の朗読。
大崎さんの初めての体験に立ち会えてよかった。


あべしょうこ

*1:『プロジェクト La Voix des Poetes 詩人の聲』

*2:ユリイカ 2012年3月号』に掲載