VHS

 20年ちかく、さんざん通ったレンタルビデオ屋が閉店してしまう。閉店するにあたってVHSソフトが150円で売りに出されていた。ここ数年、中古VHSソフトが安値で売られているのをよく目にもし、買いもしてきたが、150円は最安値だ。当然買いにおもむいた。
 前々から欲しかったチャップリンキートンのドキュメンタリー(各3本セット)をはじめ、ウッディー・アレンの「泥棒野郎」やロッセリーニ、アントニオーニなど結局1,500円使ってしまった。
 私にとって映画(実験映画なんかも含めて)は唯一の趣味。幼いころは映画館に行っただけで幸せな気持ちになった。10代のころは潰れかけの名画座に3本立て600円なんてのを「ぴあ」を片手に巡ったものだ。それからすぐにレンタルビデオ屋がちまたに溢れかえり、これまた足繁く通った。
 ニューヨークにいたころはビデオデッキがなかったせいもあるが、びっくりするほど安く新旧あわせて良い映画がかかる小屋がたくさんあったこともあり、暇さえあれば通りすがりに映画館に入った。そのころから私は映画を選ばなくなった。ぶつかったものをただ観た。
 日本に帰るとほどなくTSUTAYAブームが吹き荒れる。三茶に住んでいたころには、TSUTAYA三軒茶屋店と恵比寿店でいっぺんに10本以上借りては一気に観るなんていう無茶をした。
 2年前に亡くなった、和田守弘という日本のビデオアーティストの草分けが、私に映画の観方を最初に教えてくれた。彼もまたどんな映画でも観ていた。その彼の影響なのか、ただの映画中毒だったのか? この世のすべての映画を観たいと願うようになった。しかし現実は残酷で生涯の時間をすべてつかったとしても世界中の映画の氷山の一角程度しか観ることが許されていないことに気づき落胆した。(そもそも美術が専門なのだから映画ばっかり観ているわけにはいかない)
 そんな観方だから、くだらない映画も随分観たし、映画館にもまったくこだわらずビデオでやたらに映画を観たせいか、最近はいくら映画を観ても、記憶に留まらない。そればかりか、本当に面白いと思っていた映画もあらためて観なおしてみると、(かつて面白いと思った映画はいま観ても確かに面白いのだが)哀しいかな、たいがいの映画が初めて観るくらい新鮮なのだ。恐ろしい。しょうがないのでもう一回映画を観なおそうと、思っているのだか、それもまた難しいだろうなぁとも思っている。
 ところで昨日その閉店間際のビデオ屋にまた寄ったのだが、中古VHSソフトの値段が100円に値下がりしていた。



小林晴夫