熊野#4+

 高さは10m以上あるだろうか。「ゴトビキ岩」というご神体が山の上に不自然な形で乗っかっている。(ゴトビキとは、ヒキガエルをあらわす方言)威容に圧倒されながらも、まずはその足下にある社に参拝する。

 寒い。冷たい風が身体からじかに体温を奪っていく。あちこちで一瞬ライターの灯がともり、煙とともに消える。月明かりも照明も無く、人の顔すら判別できない。山の下からは続々と人が登ってくる。最終的には2000人近い男が山頂を埋め尽くした。

 松明を足下の岩に叩き付ける甲高い音が響く。こうすることで点火しやすくなるのだという。入口の方で怒号が聞こえる。門の周辺はこのあとの駆け下り競争に備えてかなり殺気立っている。ここでは松明は武器としても使用されるらしい。かたや、離れたところでそれをのんびりと眺めている人もいる。もちろん自分は後者だ。

 皆が待っているものは同じ、社で起こされる火である。期待と焦燥と、興奮と弛緩と。奇妙な間が山頂にへばりついている。(続く)

みきよしかず

※直近に投稿された波多野康介の写真「熊野#4」と連動しています↓